2018年10月04日

『母さんがどんなに僕を嫌いでも』お薦め映画

★★★★ 2018年製作 日 (104 min)
【監督】 御法川修 (人生、いろどり、すーちゃん まいちゃん さわ子さん、SOUL RED 松田優作)
【出演者】
太賀(十年 Ten Years Japan、青い鳥、ポンチョに夜明けの風はらませて、南瓜とマヨネーズ)
吉田羊(コーヒーが冷めないうちに、ラブ×ドック、嫌な女、映画 ビリギャル)
森崎ウィン(劇場版 怪談レストラン、天国からのエール、レディ・プレイヤー1、書道ガールズ!! わたしたちの甲子園)
白石隼也、秋月三佳、小山春朋、木野花

【あらすじ】 少年タイジは美しい母・光子が大好きで、手間暇かけて作ってくれる混ぜご飯が大好物。 だが、家の中では光子は情緒不安定で、タイジに暴力を振るっていた。 17歳で家を出たタイジは、自分の殻に閉じ籠りがちな青年になった。 相変わらず冷たい母と再会した彼は、自分と母の関係を変えようと決意する…。 実話から生まれたヒューマンドラマ。
原作:歌川たいじ 主題歌:ゴスペラーズ『Seven Seas Journey』

『母さんがどんなに僕を嫌いでも』象のロケット
『母さんがどんなに僕を嫌いでも』作品を観た感想TB

画像Copyright:(C)2018『母さんがどんなに僕を嫌いでも』製作委員会

kasan1.jpg 【解説と感想】 体罰は、教師から生徒への「熱血指導」、親から子への「厳格な躾け」として容認されてきたが、今は「暴力」や「虐待」という「事件」になりかねない時代となった。暴力が「愛のムチ」であるか否かは、第三者や当人同士にさえ分からない場合もある。時には「愛のムチ」が必要な場合もあると思うのだが…。

しかし、本作の主人公タイジ(太賀)が母・光子(吉田羊)から受けていた暴力は、明らかに「躾け」ではなく「虐待」である。美人で気が利いていて東京下町の人気者だった光子は、外面は良いが秘かに息子を叩いていた。夫の浮気のストレスもあったし、ノロマで太っている息子が不甲斐なく、イライラしたのかもしれない。背中に酷い傷跡が残るほどの暴力と、心がズタズタになるような言葉の暴力に耐えかね、タイジは17歳で家出してしまう。

kasan2.jpg 幼少期のタイジ(子役・小山春朋)はいくらぶたれても、美味しい混ぜご飯を作ってくれる、きれいなお母さんが大好きだった。虐待を受ける幼児は、ぶたれるのは自分が悪いからだと思ってしまうらしい。また、ぶたれる悲しさを知っているはずなのに、自分が親になると、我が子を虐待しがちであるという。貧困の連鎖と同じく、暴力の連鎖である。虐待はそれほど子の精神にダメージを与えてしまう。タイジはよくグレなかったものだ。

kasan4.jpg そんな暗い家庭生活を送っていたタイジは、人と接することが苦手だったが、自分を変えようと努力した。それは、子どもの頃に実家工場の従業員だった婆ちゃん(木野花)と、就職後に出会ったキミツ(森崎ウィン)、カナ(秋月三佳)、大将(白石隼也)という友人たちのお蔭でもある。彼らはタイジがたとえ後ずさりしても、2歩3歩と心の中に踏み込んで来た。それは相手を思うがゆえの、愛情や友情という名の「お節介」。昨今はそんな「ウザイ」お節介焼きも、少なくなってしまった。

kasan3.jpg ようやく青春を謳歌できるようになったタイジは、絶縁状態だった光子と再会する。母の息子への態度は相変わらず冷たかったが、何とここでタイジは、光子と普通の親子のようになりたいと願うのである。自分の努力で人生を一山乗り越えたからこそ、母のことに気を配る余裕が出たのもしれない。共感できる人と、出来ない人がいるだろう。そこまでしなくてもいいんじゃないのとも思う。だが、人間関係は理屈で割り切れるものではない。果たして健気な息子の優しさは、笑顔一つ見せない母親に通じるのか…?

原作は、ゲイを公表し性的少数者への理解を求める活動を積極的に行っている、小説家・漫画家・エッセイストの歌川たいじ(1966〜)の自伝的小説。ただし、映画はゲイとは全く関係はなく、あくまでも虐待を受けた青年の成長物語である。どんなに母親に嫌われても、ぶたれても、母の愛を求め続ける姿が痛々しく、悲しく、愛おしくて泣けてしまう。お薦め作品だ。

(象のロケット 映画・ビデオ部 並木)

 
 
posted by 象のロケット at 11:06| 超お薦め映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする