★★★★ 2012年製作 日 (111 min)
【監督】降旗康男
【出演者】高倉健、田中裕子、佐藤浩市、草なぎ剛、余貴美子、綾瀬はるか、三浦貴大
【あらすじ】北陸のある刑務所の指導技官・倉島英二のもとに、先日亡くなった妻・洋子からの遺言として絵手紙が届けられた。 「故郷の海を訪れ、散骨して欲しい」との想いが記されていた。 もう一つの遺言は、故郷の郵便局で10日以内に受け取らなけばならないという。 英二は、妻と共に日本を旅するはずだった自家製のキャンピングカーに乗り、彼女の故郷・九州へと旅立つのだが…。 ヒューマンドラマ。
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『あなたへ』象のロケット→
『あなたへ』作品を観た感想TB画像(C)「あなたへ」製作委員会
【解説と感想】 私は高倉健に思い入れのある世代ではない。ここ数年、元気な姿を見ることもなかっただけに、本作の高齢だが老人でもない嘱託刑務官役での主演は、失礼ながら大変なのではないかと思っていた。だが、それは杞憂に終わった。銀幕の大スターに対して本当に失礼だった。観客をがっかりさせるくらいなら、そもそも彼は出演しなかっただろう。
そのことを確認した時点で、私はちょっと泣けてしまった。繰り返すが、高倉健のファンではない。いわんや、彼を観に映画館へ通い詰めていた世代が勇気づけられることいかばかりかと、想像するだけで再び泣けてきた。思いやりはあるが余計なことは言わず謙虚。 そういう、日本人が理想としてきた、人としてあるべき姿を彼は体現している。

北陸のある刑務所の指導技官・倉島英二(高倉健)は、亡き妻・洋子(田中裕子)の「故郷の海に散骨して欲しい」という遺言に従い、自家製のキャンピングカーで九州へと旅立つ。晩婚で子どももいなかった夫婦の結びつき、別れの辛さ、相手を思いやる気持ちが胸に迫る。
決して無愛想ではないが、今までそう人付き合いの良い方ではなかったように見える英二は、道中で様々な人々と知り合う。旅に出る前に、律儀な英二は一度退職願を出している。そうでなくては先の読めない旅には出られない。もう職場に戻ることはないと分かっているからこそ、ちょっとした寄り道も、必要以上に他人と関わる心の余裕も持てたと言えるだろう。彼の帰りを待つ者は、もうどこにもいないのだ。

刑務所の同僚・塚本(長塚京三)には、かつての英二と洋子のように、仲の良い妻(原田美枝子)がいる。デパート催事で全国を旅する田宮(草なぎ剛)には、故郷に愛する妻子がいる。田宮の下で働く南原(佐藤浩市)にも大切な人がいるようだ。孤高の俳人・種田山頭火について語る元教師・杉野(ビートたけし)は英二と同じく男やもめ。食堂の女主人・多恵子の夫は漁に出たまま行方不明だが、彼女には漁師(三浦貴大)との結婚を控えた娘(綾瀬はるか)がいる。英二は他人と自分を比べたり、独り身となった寂しさを嘆いたりしない。頑固な船長(大滝秀治)の船で散骨するシーンは、観ている方は感無量だが、あくまでも静かである。語らなくても英二の気持ちは十分観客に届くのだ。

妻はなぜ散骨の意思を英二に直接伝えず絵手紙に残し、2通目の遺言も故郷の郵便局で受け取らせるようなことをしたのか? 答えは観客ひとりひとりが考えてもよかったかもしれない。しかし、英二はしっかりと妻の気持ちを受け止め、私たちにもそれが分かるように話してくれる。結末を観客に考えさせるために、敢えて曖昧にしたままの映画作品も多いが、本作はぼんやりとしたままでは終わらせない、どこまでも観客に親切な作品だ。
礼儀をわきまえ、察して見過ごさず、されど出しゃばらない。監督と高倉健のハイレベルな美意識を感じる。かつて、ヤクザ映画を見た後はつい肩で風を切って歩いてしまうと言われた。今や高倉健はヤクザではなく、一般中高年男性の鏡となった。なりきることは無理でも、若い人にもちょっと真似してみて欲しい。大人の男の教科書とも言えるお薦め作品だ。
(象のロケット 映画・ビデオ部 並木)
posted by 象のロケット at 15:21|
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