【監督】ミシェル・アザナヴィシウス
【出演者】ジャン・デュジャルダン、ベレニス・ベジョ、ジョン・グッドマン、ジェームズ・クロムウェル、ベネロープ・アン・ミラー、ミッシー・パイル
【あらすじ】1927年、ハリウッド。 サイレント映画の大スター、ジョージとエキストラ女優のペピーは、短い共演シーンの中で互いの存在を意識する。 1929年、セリフのあるトーキー映画が登場するが、サイレント映画にこだわり続けるジョージは観客に見放され落ちぶれていく。 一方、トーキー映画の人気女優となったペピーは、彼を復活させようと陰ながら助力するのだが…。 白黒&サイレントで描くロマンティック・ラブストーリー。
アカデミー賞作品賞・主演男優賞・監督賞・衣装デザイン賞・作曲賞、ゴールデングローブ賞作品賞・主演男優賞・オリジナル作曲賞、他多数受賞
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画像(C)La Petite Reine - Studio 37 - La Classe Americaine - JD Prod - France 3 Cinema - Jouror Productions - uFilm All rights reserved.
【解説と感想】エネルギー革命、技術革命という生活が便利になる進化の陰で、必ず絶望し泣く人がいた。しかしデジタル化が進んだ今でも、活版印刷で名刺を作る人、昔の一眼レフカメラで写真を撮り自宅で現像する人、レコードをコレクションしている人、DVD化されている映画をわざわざ映画館へ観に行く人がいる。なぜか? そこには新しいものにはない味があるからだ。その感覚は曖昧で数値化しにくいものである。ところが、白黒のサイレント映画である本作は、今年のアカデミー賞作品賞・主演男優賞など世界の映画賞を総なめにして数字的にも分かりやすい結果を出した。テリア犬のアギーまでがカンヌ国際映画祭でパルムドッグ賞を受賞して笑いを誘った。快挙である。
俳優ジョージ(ジャン・デュジャルダン)は、もうトーキーの時代だよと誰が言っても耳を貸さず、サイレント映画にこだわり続けた。それも一つの生き方だが、世界大恐慌の影響で生活もままならなくなった。一方、ペピー(ベレニス・ベジョ)はトーキー映画で一躍スター女優となった。彼女はサイレント映画の時代にはエキストラだったので、無理なく抵抗なくトーキーに移れたのかもしれない。声を出すのと出さないでは演技方法が大きく異なるからだ。セリフを発しない俳優の演技、ダンス、印象的な音楽が白黒のスクリーンを鮮やかに彩り、短い挿入字幕だけでストーリーがダイレクトに伝わってくる。主演のこの二人、ちょっとレトロな顔立ちだ。躍動する頬、大きな口、よく動く目、力強い手、哀愁を漂わせる背中、リズミカルにタップを踏む足…、全身で声なきセリフを発している。
新しいものが持てはやされ、古い物は廃れてしまう。特に現代ではその速度が増していて、あっという間に流行遅れになってしまう。老舗の味や着物の柄も少しずつ変化しているくらいだから、時代を受け入れることも必要だ。今持っているものを、大事にするか、捨てるか、改良するか、新しいものを生み出すかで、未来は大きく変わってくる。
ジョージの主演映画にペピーがエキストラで出演し、何度も取り直しになってしまう印象的なシーンがある。手と手が触れた瞬間、心が一つになる運命の出会いだ。だが二人の恋はなかなか進展しない。ジョージとペピーが共に歩む道はないように思える。忘れられたスターが復活する秘策はあるのか? あっと驚く展開は、映画の歴史に裏付けされている。最新の特撮技術に驚かされていた昨今だが、サイレント映画にもトーキー映画にはない素晴らしい表現力がある。世の中の流れが全て同じ方向では恐ろしいし面白くない。ミシェル・アザナヴィシウス監督のガッツと、ジョージとペピーの映画人生を賭けたラストに拍手喝采! 幸せな気持ちで映画館を後に出来る、That's Entertainment!なお薦め作品だ。
(象のロケット 映画・ビデオ部 並木)


【解説と感想】リメイク作品は独創性ではオリジナルには敵いっこないが、そんな心惹かれるストーリーだからこそリメイクされる。同じ題材を使って全く新しい作品を生み出したいという意欲と、ある程度の集客が望めるという利点などがあるのだろう。しかし正直なところ、何のためにリメイクしたのか分からない、ガックリ来るような作品もある。
今回のリメイクは、オリジナルと互角の面白さであった。 雑誌記者ミカエル(ダニエル・クレイグ)が女性調査員リスベット(ルーニー・マーラ)を助手に、40年前に起きた富豪ヘンリック(クリストファー・プラマー)一族の娘ハリエット失踪事件の真相に挑むというストーリーは同じだが、オリジナルと違う展開も楽しめる。
全体的な印象として、艶っぽい。 この艶っぽさを醸し出しているのは、ミカエル役のダニエル・クレイグである。オリジナルでミカエルを演じたミカエル・ニクヴィストは、生真面目でお人好しのジャーナリスト役が似合っていたが、こんな色気はなかった。
ルーニー・マーラは、本作でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたのも頷ける体当たりの演技。オリジナルでリスベットを演じたノオミ・ラパスほどの凄味はないが、若干の可愛らしさが垣間見えるタイミングが絶妙で、新しい展開にも気持ちよく入って行ける。色っぽいとは言い難いが、リスベットにこれ以上の色気は不要なのだ。
ミカエル役はダニエル・クレイグ、リスベット役はノオミ・ラパスが私の好みだが、ストーリーも役者も、皆さん好みが分かれることだろう。ラストの印象も違っていて、オリジナルでは温かみを感じたし、リメイクでは甘酸っぱさを感じた。いずれにしろ甲乙つけがたい極上のミステリー。お薦め作品だ。
【解説と感想】ピアノの調律師とはピアノのメンテナンスを行う技術者である。ピアノのあるご家庭なら、年に一度くらいは来てもらうだろう。ピアノは乾燥や湿気に弱く、ちょっとしたことで音が狂う。調律に機械を使用する場合もあるが、耳が良いに越したことはない職業だ。
根気強く注文に応じるシュテファンは、ユーモアの才能があり笑顔が印象的。エマールは録音で気が張りつめているせいか、神経質で少々気難しい。ピアニストを志した時期もあるらしいが、自分は裏方で良かったと語るシュテファンの言葉は、調律師としてのキャリアを積んだ今の気持ちとしては本音だろう。本番を目前にしたピアニストが抱えるストレスを理解し、それを少しでも軽減しようとする思いやりが感じられる。
【解説と感想】近年パワースポットブームである。神社仏閣、山や湖や滝、公園へ。なぜ、人はパワースポットへ行くのか? 恋愛運や金運アップなどの現世利益が目的の人もいれば、純粋に場のパワーや静けさを求める人もいるだろう。
クリスティーヌの介護担当の若い女性マリア(レア・セドゥ)は、最初は奉仕活動に喜びを感じていたが、慣れてくるとスタッフ同士の男女交際に気を取られてしまう。熱心なボランティア・リーダーの中年女性セシル(エリナ・レーヴェンソン)や、クリスティーヌが恋をする男性クノ(ブリュノ・トデスキーニ)が奉仕活動を始めた理由の詳細は語られないが、興味をそそられる。
巡礼者たちは重い病や孤独など、解決策が見つからないような悩みを抱えており、ルルドの泉に最後の希望を託している。だが、彼女に奇蹟が起こったことを知ると素直に喜ぶことができない。「どうすれば奇蹟が起こるのか?」「なぜ自分ではなく彼女なのか?」「その奇蹟はずっと続くのか?」
【解説と感想】 虚構の世界から現実に引き戻されることの一つに、「その道の世界」を描いているのに、出演者たちが「その道のプロ」のように見えないということがある。スクリーンの中で、専門知識がない「素人」から見て「プロ」らしく見えればそれで良いのだが、これが簡単なようで難しい。“らしく”見えないと、ストーリーよりそちらにばかり気を取られてしまう。
本作はバレエ団の物語。王子役のダンサー以外の主要キャストはバレリーナではない。にもかかわらず、それがちっとも気にならない見事な演技と編集だったので、私は余計なことを考えずストーリーを追うことができた。バレエの経験があるナタリー・ポートマンはじめ、出演者たちはみなハードなトレーニングを積んだと言う。役に適したプロポーション作りも、バレエの練習も演技以前の問題ではあるが、彼らは全ての面で“バレリーナらしく”見えた。途方もない努力の賜物であろう。
ニナは元ダンサーの過保護な母親(バーバラ・ハーシー)の下、バレエ一筋の生活を送っている世間知らずなお嬢さんである。白鳥そのものだが、黒鳥への変身は難しいだろうと芸術監督ルロイ(ヴァンサン・カッセル)に言われてしまう。彼はこんなセリフで今まで何人のプリマと関係を持ったのかと、暗に匂わせる場面もある。人生すべて“芸の肥やし”。深みのある表現は技術だけでは生まれないのか?
ナタリー・ポートマンは、本作でアカデミー賞主演女優賞を受賞。役に打ち込むバレリーナの極限心理を全身全霊で演じきった。彼女の演じる聖女と悪女、あなたはどちらに心惹かれるだろうか。観る者の心を鷲掴みにするクライマックスは圧巻。バレリーナの執念が引き起こす美しきサスペンス・スリラー。お薦め作品だ。